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vol-1069:真偽を確認せずに事実として報じるテレビの罪は重い

20 時間前
読了時間: 9分
  • ウィシュマ事件を自らの主張に活かそうとするリベラル活動家たちは、「ウィシュマさんに対する家庭内暴力」を大きく問題視した。しかし、ウィシュマさんによる「暴力をふるう元恋人」に関する証言は、元恋人の見解と大きく異なっている。また、元恋人が「ウィシュマさんを殺す!」と言ったという事実は確認されていない。

  • しかし、リベラルに偏ったテレビの番組は、裏を採ることなく、リベラル活動家たちの主張を鵜呑みにした報道ばかりを繰り返した。変更した報道が過剰に垂れ流される中で、リベラル活動家たちの主主張は「事実」として受け入れられるようになった。

  • 事実の裏を採らずに、「事実」であるかのごとくに報道するテレビ関係者の罪は重い。

    令和3年3月6日の名古屋出入国在留管理局 被収容者死亡事案に関する調査報告書 出入国在留管理庁調査チーム (令和3年8月10日)

    第3 事実経過 4 B氏との関係等

    (1) A氏とB氏の関係

  • B氏は,A氏【注1】の死亡当時20歳代のスリランカ国籍の男性であり,平成29年4月17日,「留学」の在留資格により,スリランカから本邦に入国した。その後,A氏が同年6月29日に本邦に入国し,A氏とB氏は,同年12月頃から交際を開始した【注2】。A氏とB氏は,A氏が警察に出頭し,逮捕された令和2年8月19日の時点で,静岡県内で同居していた【注3】。

    【注1】A氏は、ウィシュマ・サンダマリさんのことを指す。

    【注2】なお,A氏は平成30年の難民認定申請等では来日前からB氏と交際していたことを前提とする供述をしていたが,その後,B氏と交際を開始したのは来日後である旨を述べていることについては,前記第3の1 (1)のとおり。

    【注3】ただし,B氏は,調査チームの聴取に対し,「A氏と交際を開始してから逮捕されるまで一緒に暮らしていたが,私は,職場で知り合った日本人女性と令和元年12月頃から交際するようになり,A 氏との交際関係は終わった。お互いに行くところがなかったため,その後も一緒に暮らしていた。」旨を述べている。

  • B氏は,平成30年11月2日以降,不法残留となり,不法残留等に係る刑事手続の終了後,名古屋局に収容されたが,令和2年11月27日,職権による仮放免許可を受け,仮放免中である。

    (2) 違反調査時以降のA氏の供述内容

    ア A氏は,前記第3の1 (2)記載のとおり,令和2年8月19日,警察に出頭して不法残留の事実により現行犯逮捕され,同月20日,名古屋局入国警備官に引き渡された。A氏は,同日,入国警備官の違反調査において,「恋人に家を追い出されて,他に帰るところも仕事もなかったので,スリランカに帰国したいと警察に出頭したところ,不法残留しているので逮捕された。」旨を述べた【注4】。

    イ A氏は,同月21日,入国審査官による違反審査において,「恋人とけんかして家を追い出され,住む場所がない。日本では仕事もできないので,このままでは生活できない。そのためスリランカに帰国したい。」旨を述べた【注5】。

    ウ A氏は,同日に発付された退去強制令書の執行を受けた際,入国警備官に対し,「B氏と同居していたとき,殴られたり蹴られたりしていた。」「B氏から無理やり中絶させられた。」「B氏から暴力を受けていたので,一刻も早く帰りたい。」旨を述べた【注6】。

    【注4】A氏の入国警備官に対する同日付け供述調書の記載から引用した。なお,B氏が「私がA氏を追い出したことはない。」旨供述していることについては,前記第3の1 ⑵ で述べたとおり。

    【注5】A氏の同日付け審査調書(A氏の署名あり。)の記載に基づく。

    【注6】A氏の当該供述につき,入国警備官は面接記録書等に記載しておらず,口頭で上司に報告した旨を述べており,A氏が同供述をしたことは,調査チームによる同入国警備官からの聴取によって明らかになった。

  • (3) B氏との手紙のやりとりの概要

    A氏は,令和2年10月14日,当時警察署に勾留中であったB氏から,ローマ字を用いて日本語で記載したA氏宛ての手紙①(別紙19)を受け取った【注7】。これに対して,A氏は,同月19日,B氏宛ての手紙(以下「手紙③」という。)を発送したが,シンハラ語で書かれていたため,B氏は,勾留中はその受取りを許されなかった。そのため,B氏は,ローマ字を用いて日本語で記載した手紙②をA氏宛てに発送し(文中に手紙③の受取りが許されなかった事情も記載),A氏は,同月23日,これを受け取った。A氏は,同月27日,B氏に宛てて,ローマ字を用いて日本語で記載した手紙(以下「手紙④」という。)を発送した 【注8】。

    【注7】B氏の退去強制手続の状況等については,前記第5の4(1)参照。なお,B氏は,調査チームの聴取に対し,自らの刑事事件の弁護人であった弁護士から,A氏が名古屋局に収容されていたことを教えてもらった旨述べている。

    【注8】B氏がA氏に送った手紙① 及び手紙② については,前記第5の3(1)ア の仮放免許可申請においてA氏が添付資料として提出しており,A氏がB氏に送った手紙③及び手紙④ は,調査チームのB氏に対する聴取の際,B氏が調査チームに提出した。

  • B氏がA氏に送った手紙① には,A氏が警察官に対してB氏の偽造在留カードのことを話したことを非難し,スリランカに帰った後,A氏を探し出して罰を与える旨が記載されるなどしていた。他方,手紙② には,以前はA氏に対する怒りが強かったが,瞑想を行い,次第に怒りの気持ちをなくしている旨などが記載されていた。

  • (4) 支援者らとの面会時等の供述内容等

    ア A氏は,令和2年12月9日,S1氏らとの初面会の際,自身の来日後の状況として,「来日してから出会った恋人(B氏)から暴力を受けた。」「B氏は警察にいたが,今は入管にいると思う。」「B氏から『殺す。』と書かれた手紙が届いた。」旨を述べた【注9】。

    【注9】支援者らとの面会時におけるA氏の発言内容については,面会簿の記載に基づく(以下同じ。)。

  • イ A氏は,同月18日及び同月23日,S1氏らと面会した際,入国後の経緯として「B氏の子を妊娠した際,B氏に薬を飲まされ,流産してしまった。」旨を述べた【注10】。

    【注10】流産した時期について,A氏は,当初の面会では2018年(平成30年)2月6日と述べていたが,後の面会で,正しくは2019年だったと訂正している。また,A氏は,面会において,当該流産による体調不良等は訴えず,「体は問題ありません。」などと述べている

  • ウ A氏は,同月18日,看守勤務者に対し,「過去に子供を堕ろした経験があるため,お腹に異状がないか確かめたい。」「B氏との間に子どもを妊娠した際,病院には行かずにスリランカの薬(錠剤1錠,注入薬2個)を服用し,中絶した。」「その薬は,B氏がスリランカから送ってきた薬というだけで,何の薬かも知らずに,服用を強いられた。」旨を述べ,さらに,同月21日,准看職員に対し,過去に中絶の経歴がある旨を述べた【注11】。

    【注11】カウンセリングメモ及び看護師作成メモの記載から引用した。

  • エ A氏は,同月21日,入国警備官に対し,帰国希望意思を撤回して本邦在留希望に転じたことについて,「私は元恋人に殴られて生活していた経験があるので,もう仮放免が許可になって外に出られたとしても,保証人が心変わりをして,私が保証人の望み通りのことをしないからといって殴られたりするのは嫌だ。」「S2氏は・・・私が元恋人に胎児を中絶させられた過去について理解を示してくれ,一緒に悲しんでくれた。」旨を述べた 【注12】。

    【注12】執行部門による面接結果報告書の記載から引用した。

  • オ A氏は,前記3 (1)ア 記載のとおり,令和3年1月4日付けの1回目の仮放免許可申請において,要旨,「スリランカ人の彼氏から暴力を受けていた。」「警察に出頭し,彼氏から暴力を振るわれていたことを話した。」「彼氏は,私のせいで警察に捕まったと分かったようで,入管にいた私宛てに手紙を送ってきた。」「その手紙の中で,スリランカで私を探して罰をやる。彼氏の家族が私にリベンジするために待っているということが書かれていた。」「帰ることはできない。」「もう帰るのは危ない。」「入管にいると彼氏からまた手紙が来て脅されるのがとても不安」「外に出してほしい。」などと記載していたほか,B氏から受け取った手紙① 及び手紙②を添付した。

  • カ A氏は,1月15日,S1氏らと面会した際,B氏が現在入管には収容されていない旨知らされ,安堵した様子で謝辞を述べるなどした。

  • キ A氏は,前記3 (2)ア 記載のとおり,2月22日付け2回目の仮放免許可申請において、「B氏からDVを受け,警察に助けを求めました,でも,私のオーバーステイで収容されました。」旨支援者が代筆した理由書を提出した。

  • (5) 名古屋局における認識等

    B氏からの暴力等の存在に関するA氏の発言については,令和2年8月21日の退去強制令書執行時にA氏からの申出を受けた職員や,A氏と支援者の面会に立ち会った職員複数名が耳にしていたほか,同年12月18日,支援者らが処遇部門を訪れ,対応した同部門職員に対し,「A氏はDV被害者。国際的に,そんな彼女を監禁しているのは間違っている。」などと申し入れたことがあった【注13】。

    【注13】支援者らによる処遇部門職員への申入れについては,その時点で報告書の作成,上司への報告等はなされておらず,上記申入れ内容は,A氏の死亡後の調査に伴い,応対職員が作成した報告書から引用した。

  • 面会に立会した職員が作成した面会簿については,作成後,処遇部門首席入国警備官までの決裁を経ているほか,女子区処遇担当の統括入国警備官にも供覧されており,処遇部門全体において,面会時の発言内容に係る情報共有がなされていた。また,B氏からA氏に宛てた手紙① 及び手紙② については,職員がその内容を確認しており,その結果を記載した被収容者郵便物発受信簿については,処遇部門首席入国警備官までの決裁を経ていた【注14】。

    【注14】手紙① の被収容者郵便物発受信簿の備考欄には,検閲を行った担当者が「(受信者に罰をあたえるといった,)おどしともとれる内容が記載されていた。」と記載している。

  • さらに,A氏による1回目の仮放免許可申請や2回目の仮放免許可申請においては,前記3記載のとおり,主任審査官である次長以下による判断,検討がなされていた。このように,名古屋局職員らは,収容直後から,A氏がB氏からの暴力等を受けたと疑わせる情報に接していたことが認められるが,DV被害に関するA氏からの詳細な事情聴取や事情聴取についてのA氏の意思を確認するといった措置をとることはなかった【注15】。

    【注15】ただし,処遇部門面会担当職員らは,調査チームの聴取に対し,面会連行等で居室外に連れ出す際,A氏とB氏が廊下で鉢合わせになることがないように動静を注意するなどはしていた旨供述している。

  • その理由について,調査チームが名古屋局職員らから聴取したところ,職員らは,そもそも措置要領の存在や内容を認識しておらず,A氏とB氏との関係等についても

    ○ A氏が述べるB氏からの暴力については,殺されそうになったなどの深刻なものではなく,痴話げんか程度の認識であったこと

    ○ A氏がB氏からの暴力被害を受けたことがあったとしても,既にB氏から離れている状態であったため,新たに被害を受けることはないと思ったこと

    ○ 手紙① には脅しともとれる内容が書かれていたが,その後B氏がA氏に送った手紙② には,今はもう怒ってない旨書かれていたこと

    などと述べた。

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