vol-689:ビジネスにおいてテクノロジーは万能ではない
日本のメディアにおいては、短絡的にDXやAIを推奨する軽薄な専門家が跋扈しており、無邪気にデジタル技術の素晴らしさを崇め奉る輩が少なくない。しかし、専門家には高く評価されたものの、本当の顧客ニーズを掴んでいなかったため、実際におカネを支払う顧客からサポートされることがなく、技術を盲信し偏愛して行き詰ったデジタル系の新興企業は枚挙に暇がない。インターネットが勃興した時代には、投資家が高く評価したベンチャー企業が雨後のタケノコのように世界中に輩出したが、日本でも、ハイパーネット(ネット広告)やクレイフィッシュ(ホスティングサービス)、エフ・プランニング(女性向けファッションEC)等が経営難に陥るなど、少なからぬ先はあっけなく消えて行った。
米国で最も注目を集めたベンチャー企業バーティカル・ネットは1995年に創業。「産業材のオンライン・マーケット」というコンセプトを掲げ、産業材のポータルサイトになることを目指し、化学業界向けの「ケミカル・オンライン」や水処理関連資材の「ウォーター・オンライン」など産業分野毎に50以上のポータルサイトを運営。当初は広告事業が主力だったが伸び悩んだため、上場によって得た巨額資金をEコマースに投資したものの、鳴かず飛ばず。産業材の場合、一度お互いに知り合って結び付きができてしまえば、その後はバーティカル・ネットを仲介せずに継続取引してしまうという致命的な弱点を見過ごしていたために失敗に終わり、2008年に身売りした。
また、「インターネット上のスーパーマーケット」を標榜して登場したウェブバンは、1999年に操業を始め、8億ドルを調達してITエリートを大量採用。忙しい共働き夫婦をターゲットに、2億ドルの広告費をかけてプロモーションを敢行。通常のスーパーが3万点を商っていたのに対し、5万点の商品を販売。最先端のサプライチェーン・システムを構築し、著名な消費財メーカー11社と提携。自社のトラックで顧客の自宅まで宅配するので、巨大な流通センターを26拠点設立する計画まで持っていた。アマゾンとウォルマートとフェデラルエクスプレスを足し合わせたこの壮大な計画は、部分的には最適であったかもしれないが、全体最適を実現することができず、2001年に倒産。
所詮、「デジタル技術」は「ビジネス上の何らかの目的を実現させるためのツール」にすぎず、それがあれば、「ビジネスが成功する」わけではない。マイクロソフトを創業したビル・ゲイツは、『我々はテクノロジーの限界をよく理解しなければならない。技術が万能だと思うのは危険だ』と語っているし、アマゾンを創業したジェフ・ベソスは、『テクノロジーは万能ではない。問題解決のために適切な人間の判断と組み合わせる必要がある』と指摘している。アップルを創業したスティーブ・ジョブズは、常々『インターネットは驚異的だが、感動を呼び起こすことはない。私は、感動的なことをコンピュータで実現したいのだ』と語っていた。車で通勤しているときに、燃焼機関による推進力を楽しんでいる人はいない。洗濯するとき、電力による攪拌水流によって生じる乳化現象を満喫している人はいない。テレビを観るときに、発光ダイオードによる映像表示の見事さに感動している人はいない。「技術」は、「体験」や「感動」そのものではなく、「体験」や「感動」が繰り広げられる舞台あるいは土台に過ぎない。重要なのは「デジタル技術」ではなく、「顧客を感動させること」なのである。
ちなみに、スティーブ・ジョブズは、「技術は道具に過ぎない。重要なのはそれをどう使うかだ(Technology is nothing. What’s important is that you have a faith in people, that they’re basically good and smart, and if you give them tools, they’ll do wonderful things with them)」と常々語っていた。
技術屋の本田宗一郎を支え続けた名経営者・藤沢武夫は『ホンダにコンピュータを入れたのは、日本の自動車会社の中で一番遅かった・・・なぜかというと、自分たちの能力がまだ未熟のうちにコンピュータを入れてしまうと、人間がコンピュータを頼りにしてしまうからです。コンピュータに何を入力すればいいのかもわからないうちに買ってしまうと、そうなります』と戒めていた。AIのバカ騒ぎに巻き込まれている経営者に聞かせたい言葉である。



