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vol-112:新興企業の頃のトヨタはTPSを隠し続けた

2018年3月1日
読了時間: 4分
  • 新興企業における「知名度」をどう考えるべきか(=目立つべきか否か)については、「20世紀における一大発明」とも称されるTPS(Toyota Production System=トヨタ生産方式)に関するエピソードが示唆深い。TPSを構築することにより成長基盤を築いたトヨタは、当時、世界の自動車業界において、小さな存在にすぎなかったため、圧倒的な強敵である米国の自動車メーカーにTPSの内容を知られることを心の底から恐れていた。だから、導入してから十数年間は、TPSを門外不出の扱いにし、徹底的に秘匿した。また、トヨタが世界の自動車業界でそれなりに知られるようになってからも、TPSのことを「カンバン方式」という「わけのわからない名称」で語るようにした。それは、「名称からTPSの内容を推察されるリスク」を最小限に抑えたかったからである。

  • この「カンバン方式」は、TPSを象徴するひとつの仕掛けだが、「7つのムダ削減」「ジャスト・イン・タイム」「標準作業時間」「人偏のついた自働化」「多能工」などを包摂するTPS全体を表しているわけではない。したがって、仮に「カンバン方式」を完璧に理解したとしても、真にTPSを理解できるわけではない。また、各々の要素をバラバラに理解しても、TPSを実践できるわけでもない。TPSは、じつのところ、アナログな作業をベースとする人間臭いシステムである。

  • じつは、終戦直後、米国の自動車メーカーが1日に1,000台生産していた時代に、トヨタは1ヶ月かけてその台数を製造していた。生産性が30倍違っていたのである。当時、トヨタは新興企業であり、自動車業界で覇権を握っていたGMやフォード、クライスラーという大企業に挑むチャレンジャーに過ぎなかった。TPSの生みの親である大野耐一(元トヨタ副社長)は、トヨタ独自のノウハウが広まらないようにわざとわかりにくく説明していた。「知られないための努力」を重ねていたのである。

  • TPSを体系化して確立したことで知られる大野耐一は、当時を振り返って、『当初は、同期化方式とかシンクロナイズ方式と名付けようと思っていた。でも、わけのわからない名前のほうがいいということで、カンバン方式に落ち着いた』と語っている。『米国のライバル社にTPSを真似されたら困る。米国が同じことをしたら、わけなく追い越される。当時は、米国人がこんなことを分からないはずがないと思っていた』からだ。

  • その後、数十年を経て、世界の自動車市場において確固たる地位を築いたトヨタは、月に2回、競合他社の幹部や技術者を招き入れて、製造現場を見学させる余裕を見せるようになった。その頃には、業界で有名になっていたTPSのあらゆる側面を公開するだけでなく、本格的な質疑応答の時間も設けたという。立入禁止の場所はなく、訊いてはいけない質問もなかった。そこまでのレベルにまでTPSが熟成したとトヨタは判断したのだろう。現実問題として、TPSのプロセスは、目で見ただけで理解するのは難しい。プロセスには、公式に定義され文書化された手順と、年月とともに進歩してきた非公式な習慣的行動の両方が組み合わさっている。プロセスは手で触ることができない。問題を解決するたびに下してきた小さな決断が何千何万と集まって形成されるプロセスは、潜在意識のように働き、企業と一体化しているが故に、模倣が極めて難しい。しかも、中途半端に模倣することは、自社プロセスのパフォーマンスに多大なマイナスの影響を生じさせる可能性がある。つまり、生半可に模倣させることがトヨタの有利に働くのだ。

  • トヨタの工場ツアーに参加したGMの幹部は、『私たち見学ツアーの客は、工場内をどこでも歩き回ることができ、キーパーソンに質問することすらできた。なぜトヨタはこんなことをするのかと、私は不思議だった。おそらく彼らには、こちらがまちがった質問をすることがわかっていたのだと思う。私たちは全体像をとらえていなかった』と述懐している。

  • 『カンバンは重要だけれど、あくまでジャスト・イン・タイムを実現するための運用手段だ。だから、カンバンだけを真似しても現場は混乱する。カンバンを付ける前に工場全体に流れを作らなければならない。また、トヨタ生産方式という考え方を理解しないで、部品にカンバンを付けることには意味がない。・・・いま、カンバンについてまとめた本がいくつも出ている。私も読んだ。だが、これは実践をやっていない者にはわからん。キミらは実践で学んでいるのだから、私の書いた文章も含めて本は一切、読まんでいい。読んだって理解できんのだから。・・・アメリカの自動車会社に真似されるといけないから、外部の人間にイメージがわかないような名前を付けた。それが「カンバン」だ』(大野耐一:トヨタ元副社長)

  • この教訓は、新興企業における「知名度」に関する示唆を与えてくれる。あのトヨタですら、新興企業のときは、TPSを隠し続けたのだ。新しい商品や仕組みを思いついたからと言って、浮かれてメディアに露出してはならない。以下の3点を心に刻むべきだ。 ①市場で無理なく勝てるようになるまで、絶対に目立つな ②他社が真似できないように仕組みを磨き上げて、罠を仕掛けろ ③市場で戦えるようになったら、他社に真似させて罠に落とし込め

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