vol-336:経営者なら「神戸にんにくや事件」を深く学べ
『技術・人文知識・国際業務』における「資格外活動違反」について深く知りたい方には、2014年9月に勃発した「神戸にんにくや事件」の顛末を調べてみることをお勧めする。「神戸にんにくや事件」とは、『技術』(現在は『技術・人文知識・国際業務』)という在留資格で雇用した外国人を「調理補助」(「調理」ではない)という「活動」で雇用したため、経営者とベテラン行政書士が逮捕された事件である。結論から言えば、「神戸にんにくや」を経営する株式会社エンテックは略式起訴になり、逮捕されたエンテック会長らは不起訴とすることで終結した。
「2009年3月から2014年7月という5年以上の歳月に亘って、単純労働をさせていた」と報道された「神戸にんにくや事件」においては、「2009年3月から2013年2月までの4年間」に関する在留期間は、最初が1年で、2回目に3年と推察することができる。この場合、2回目の在留期間更新申請における「雇用理由書」で、過去1年間の業務について「虚偽」を書き、その後の3年間においても「虚偽」のままであったが、3回目の申請における「雇用理由書」において、その「虚偽」を認めることなく、申請したということを立証すればよい。
さらに、本件については、問題視された職務内容が「調理補助」であり、「調理」ではなく、「接客」でもないため、「単純労働」であるという立証が比較的容易である分野でもあった。捜査対象となる外国人の主な職務内容が「パスタ茹で」や「食材切り」もしくは「皿洗い」「清掃」「食材運搬」に限定されていた場合には、「一定期間の修練や実務経験がなくても容易に行うことのできる単純労働」という判例上の定義からしても、『人文知識・国際業務』の「資格外活動」であると立件されてしまうリスクが十分にあった。
「神戸にんにくや事件」において、採用された「略式起訴」とは、「略式手続」による起訴のことをいう。「略式手続 」とは、正式な裁判を行わず簡易な方法による刑事裁判の公判前の手続(刑事訴訟法に基く)を指し、検察官が簡易裁判所にこの手続を行うことを「略式起訴」と呼び、この手続により公判前に裁判所から出される命令が「略式命令」。
この場合、簡易裁判所は、検察官からの請求により、正式な裁判を行う前に「略式命令」で、100万円以下の罰金又は科料を科す ―― すなわち、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる 。「略式命令」には、①罪となるべき事実、②適用した法令、③科すべき刑及び付随の処分、④略式命令の告知があつた日から14日以内に正式裁判の請求をすることができる旨 、を示さなければならないことになっている。
それにしても、大々的にテレビで報道され、社会的に問題視された「神戸にんにくや事件」が、1ヶ月程度の初動捜査だけで、「略式命令」という「チャチな結末」で終わったという「事実」は極めて興味深い 。この事実は、
① 検察・警察は、正式な裁判(公判)が持たないと判断した、
② 検察・警察は、神戸にんにくやの経営者であるエンテック会長に司法取引をもちかけた、
③ 神戸にんにくやの経営者であるエンテック会長は司法取引に応じた、
という3つの事実を示しているからである。
当たり前のことだが、警察が逮捕した後、検察が起訴して公判を維持するためには、裁判で有罪にできる証拠が必要である。しかし、日本の検察・警察は、日本の有罪率99.98% という数値が『世界一』であることに強いプライドを持っており、正式な裁判を開いて敗訴することを異様に嫌がる。つまり、有罪を立証する証拠が必要な「正式な裁判」でなく、被疑者の認諾だけで完結してしまう「略式起訴」を選択したということは、「①検察・警察は正式な裁判が持たないと判断した」という事実を示唆している。
というのは、エンテック会長と同時に逮捕された行政書士(「神戸にんにくや」の申請業務を受託)は、21年の経験を持つ入管実務のエキスパートであり、かつ、大阪府行政書士会の「国際部会副会長」という枢要なポストを務めていた。さらに言えば、実際に大阪府行政書士会が開催した講座において、「入管業務に関する集中研修」の講師も務めており、誰がどう見ても、ビザに詳しいベテランのエキスパートであったから、「技術・人文知識・国際業務」において「資格外活動違反」が成立するためには、「外国人の主たる在留目的がその在留資格に基づき本邦において行うことができる活動から資格外活動に変更されたと認められる程度に資格外活動を行っている場合」でなければならないことを熟知していたはず。正式裁判になれば、彼自身の名誉を賭けて最大限の反撃に出ることになったはずだった。
今回の「神戸にんにくや事件」の場合において、正式な裁判で有罪にするためには、「神戸にんにくや」による外国人の「資格外活動」に関する「不法就労助長罪」を、検察・警察サイドが立証する必要があった。「神戸にんにくや」としては、以下の2点を主張したと思われる。
① 日本企業においては、「新入りは球拾い」「新人は雑巾掛け」(新入社員は、誰であっても「単純作業」から仕事を覚える)という考え方が常識的であり、管理職を務めるためには、日本人であろうと外国人であろうとは、現場を知らなければ務まらない。「神戸にんにくや」においては、現場における実務研修が不可欠であり、実務研修なしに管理職に昇格した者は皆無である(「実務研修」であったとする主張)。
②「神戸にんにくや」のみならず、日本を代表する大企業や飲食業を営む上場企業においても、管理職候補者に対して、現場における実務研修を課していた(当時、『人文知識・国際業務』に関して、大戸屋では、店舗における5年間の実務研修を課し、コンビニ最大手のセブンイレブンにおいては、最低3年間の実務研修を課していた)。
「神戸にんにくや事件」に関しては、「技術職などの在留資格しかない中国人2人を系列店の調理人として雇った」と報道されているから、『人文知識・国際業務』と比べると、検察にとって、正式な裁判での立件は容易であったと推測される。というのは、『人文知識』に関し、経済学や経営学等を学んでいた場合、『人文科学の分野に属する知識を必要とする業務』であると主張されたときの反論が必要であるほか、『国際業務』に関しては、「外国人アルバイトが多いため、職務を遂行するためには、明らかに外国語が必要であり、『外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務』である」と主張されたときの反論が不可欠だが、「神戸にんにくや事件」の場合、『技術』だったからだ。
それでも検察においては、 ⓐ『技術』という在留資格であったとはいえ、「総合職」の扱いであった、 ⓑ「総合職」であれば、「現場研修」を課すのは当然である、 ⓒ 他社でも『技術』という在留資格で採用した「総合職」に「現場研修」を課している、 という「神戸にんにくや」の主張を崩すだけの証拠がなく、「外国人の主たる在留目的がその在留資格に基づき本邦において行うことができる活動から資格外活動に変更されたと認められる程度に資格外活動を行っている場合」であると立証する自信がなかったので正式な裁判を諦めざるをえなかったということになる 。この事実は極めて重要である。
「神戸にんにくや事件」の本質を理解するためには、「②検察・警察は、神戸にんにくやの経営者であるエンテック会長に司法取引をもちかけた」という点についても理解しなければならない 。有罪率が99.98%であることにプライドを持っている検察は、正式な裁判を開いて負けることを異様に嫌がるので、「正式な裁判には持っていかない」という方針を固めたものの、「神戸にんにくや事件」はテレビ報道でも大々的に扱われ、主要新聞も報じているので、法人も個人も「不起訴」で終わってしまうと、マスコミが「検察は何をやっているんだ!」という批判を展開する危険性がある。そこで、検察・警察は、下記のような取引を、留置場に収容されているエンテック会長に持ちかけることになる。
① 法人であるエンテックに対する「略式起訴」を認めてくれれば、個人であるエンテックの会長は「不起訴処分」とする。
②「略式起訴」になるのであれば、「略式命令」の結果は、「100万円以下の罰金」で済むので、財務基盤のある株式会社エンテックにとっては、ほとんど実害がない。
③ 万が一、簡易裁判所が、株式会社エンテックに対して、納得できない「略式命令」を下した場合でも、正式な裁判を請求することができる。
④「略式起訴」を認めないのであれば、検察としてはエンテック会長に関する保釈に絶対に応じない。そうなると、エンテック会長は、いつまでも留置場にいることになるが、それで本当によいのか?
⑤「略式起訴」を認めれば、エンテック法人の実害は「100万円以下の罰金」で終わるし、エンテック会長は「不起訴処分」なのですぐに釈放される。どちらがよいのか、考えるまでもなく、明らかなのではないか? ⑥ 株式会社エンテックについては、「罪を犯した」旨を認め、個人としての責任としては故意に犯したものではない(因果関係を認めず)とし、「管理不行届きであった結果として、このような事態を引き起こして申し訳ない」という道義的責任を認める供述調書を書けば、それで許してやるがどうだ?
上記の論理を「交渉術」として捉えれば、非常に巧妙な「駆け引き」であることが理解できる。本来は、「正式な裁判で負けたくないから、略式裁判で負けてくれ」とお願いする立場であるはずなのに、エンテックにとっての得失は火を見るよりも明らかなので、あたかも「エンテックのことに配慮して提案している」という雰囲気を漂わせつつ、「いざとなったら、絶対に釈放しないぞ!」とさりげなく脅しているからだ。このように、日本の検察・警察は、被疑者を人質にしながら、圧倒的に有利な交渉環境をうまく活かす交渉術を弁えている。
留置場に入れられて、自由が束縛されているエンテック会長は、検察・警察から上記の取引を持ちかけられて、以下のように考えたはずである。
① 留置場にいる間は、仕事ができず、食事もまずく、娯楽もなく、一日中暇でやることがない。こんなところにはいたくない。一日でも早く自由の身になりたい。
② 飲食業は、サバイバル競争が激しい激戦区である。自分が経営の現場にいないと、苦労しながら、これまで育ててきたビジネスが変な方向に行ってしまうかもしれない。如何なる方法を用いてでも、なるべく早く経営の現場に戻りたい。
③ 正式な裁判で争って、仮に無実を勝ち取ったとしても、検察は控訴するだろうから、最低3年から5年はかかる。そんなことに費やす歳月はもったいないし、裁判所に行くたびに、不愉快な記憶が蘇るだけだ。
④ 無実の主張を貫き、正式裁判で争う姿勢を見せれば、検察は頑なになり早期の保釈には絶対に応じないだろうから、腕利きの弁護士を雇っても、保釈されるまで最低6ヵ月から1年はかかる。その間、経営の現場に戻れないのは困る。雇用戦略や店舗展開を含め、様々な課題について即断即決しなければならないのに、6ヵ月も戦場を離脱したら、どうなるかわからない。 ⑤ 仮に無実になったところで、マスコミは大きく報道しないから、逮捕されたときの報道によるダメージは回復されない。5年かけて無実になれば、「個人の名誉」は守られるかもしれないが、株式会社エンテックを経営する経営者の立場として「無実」を争う意味はほとんどない。
⑥ 「略式起訴」を認めれば、個人的にはすぐに釈放され、有罪を問われることがなくなる。株式会社エンテックとしても、「罰金100万円以下」で終わる。経営者としての立場で考えれば、どう考えても、「略式起訴」に応じた方が良い。
日本の裁判は、よく「人質司法」であると批判されるが、「神戸にんにくや事件」は、その典型的なパターンである 。被疑者または被告人が、被疑事実または公訴事実を認めて、「罪」を自白してする場合は、すぐに釈放されるが、否認する場合 は、検察が釈放に同意しないため、勾留による身柄拘束が長期化し、釈放や保釈されるまで長期間に及ぶ 。身柄を長期拘束 することによって、有罪を自白させたり、意に沿った供述を得ることができるので、検察・警察にとっては素晴らしい仕組みである。この結果、冤罪が捏造されることになる。
日本の警察は、「人質司法」によって有利な立場を築いているため、「微罪で逮捕して重大な犯罪を自白させる」とか、「別件で逮捕しておき、本当に狙いとしている犯罪を立件する」という無茶なことを平気でやる。しかも、容疑者に対しては、弁護士の同席を認めず、取り調べの録音や録画を認めず、接見する人を制限しているため、やりたい放題になっている 。
逮捕時に「不法逮捕」を主張したエンテック会長は、「自分は無実である」という強い確信を持っていたと思われる。そうでなければ、マスコミの報道カメラに向かって「これは不法逮捕だ!」と怒鳴りつけることはできない 。しかし、ここまでの事情が理解できれば、「③神戸にんにくやの経営者であるエンテック会長は取引に応じた」という意味とその理由が明確に理解できるはずだ。
「自分は無実である」という確信を持っていても、「有罪」を認めて、「釈放を早めた方が良い」という判断に傾かざるを得ないのが、「人質司法」の恐ろしさである。「有罪」を認めさせてしまえば、「罰金」という名の「有罪」判決が出るため、検察・警察の面子は保たれ、結果として、検察がプライドを持っている「世界一の異常に高い有罪率」は維持されることになる。そして、冤罪であろうがなかろうが、「結果的に有罪になった」ということで、マスコミにおいても逮捕時点で報道した内容が正当化されるという仕組みになっている 。
入管法のコンプライアンスにおいては、「法令上の根拠がない問題就労」を権限もなく振り回す入管や、上に記したような「人質司法」という非人道的な手口を平気で使う検察や警察とも、渡り合っていかねばならないから、肚を括った上で対処する必要がある。こうした入管や検察・警察の不当な嫌がらせに対抗していくためには、「事実は裁量に優る」という大原則に基づいて、「事実を立証する証拠」を、日々の業務において地道に準備していくしかない。入管法上の「論理」だけでは足りない。「事実を立証する証拠」が重要である。
【参考資料】不法就労事件で「エンテック」を略式起訴
(毎日新聞2014年10月28日)
「神戸にんにくや」を冠したパスタ専門店を展開する外食チェーン「エンテック」(大阪市北区)を巡る不法就労事件で、大阪区検は28日、法人としての同社を入管法違反(不法就労助長)の罪で略式起訴した。一方、同法違反の疑いで逮捕されたエンテックの会長(56)については同日、大阪地検が不起訴にした。処分理由は明らかにしていない。起訴状などによると、エンテックは2009年4月~2014年2月、技術職などの在留資格しかない中国人2人を系列店の調理人として雇ったとされる。



