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vol-702:欧米企業には日本企業にはない身分制度がある

2020年7月29日
読了時間: 4分
  • 伝統的な日本企業とは異なり、典型的な「ジョブ型」が大勢を占めている欧米企業においては、年功的な給与体系を採用していないから、長年勤めたからと言って、給与水準が上がるわけではない。日本企業のように「頑張って努力すれば、誰でもマネジメント職に就ける」ということもない。平社員は、昇給も昇格もすることなく、一生平社員のままである。

  • 日本では、「欧州はワーク・ライフ・バランスを重視している」などと解説する専門家が闊歩しているが、昇格も昇給もない会社で「ワーク」を最重視できるはずもなく、「ライフ」でバランスを取るしかない。ブルーカラー同士が結婚した場合、生活を維持するために共働きせざるを得ず、外食するカネがないから、家に帰って家族で食事をするというのが実態と言ってよい。

  • また、一般的に欧米企業には、かつての日本企業のように、「社員は家族」という発想は基本的になく、経営陣(employer)と従業員(employee)の間は、「They and Us(あいつらと俺たち)」という言葉に象徴されるように、ある意味で「敵」同士であり、食堂や駐車場が別々だったりする。彼らにとって、「会社」は「機能組織」であって「共同体」ではないから、「家族」という発想にはなり得ない。したがって、「家族のように助け合う」という文化も持っていない。だからこそ、ホンダが米国に進出して、オハイオ工場を完成させた際、創業者の本田宗一郎が、工場従業員と同じツナギを着て登場し、1000人近くの工員一人ひとりと握手したエピソードが美談として語り継がれているのである(米国では、ブルーワーカーとホワイトカラーの身分がハッキリと分かれているため、こんなことは起こり得ない)。

  • このような身分制度が定着した背景には、歴史的な経緯がある。ヨーロッパでは、中世より近世にかけて、同一職種(ジョブ型)の職人を束ねる「ギルド」が幅を利かせ、職人の代わりに経営者(=資本家)と交渉する機能を果たした。この「ギルド」が、近代になって「職業別労働組合」として発展するのだが、「ギルド」と対抗するために、「マネジメント人材を育成する」必要性に迫られた資本家は、歳月をかけて、経営側の人材を輩出するための教育システムを整備していく。要するに、ヨーロッパにおいては、歴史的に「経営陣(employer)と従業員(employee)の対立」という構図が「企業という世界観」に刻まれているのであり、「経営陣と従業員は同じ家族の構成員」と捉える「共同体」的な色彩を持つ日本企業とは根本的に異なる。 『とくにヨーロッパですが、アメリカでも「クラス(階級)」という言葉がすぐに出てきます。今の日本には「クラス」という言葉は考えられないわけですが、フランスでもイギリスでも「階級が違う」という言葉が出てきます。工場のなかで、工場長、技師、職長、工員というものは、厳然と「クラス」があるわけです。その人たちが一緒になるということ、また一緒に働くということは、彼らにはわかりません』(盛田昭夫:ソニー共同創業者)

  • だから、雇った社員の「スキルセット」を活かす場を探すために、職務転換やジョブローテーションを行ってくれる「親のような優しい企業」など欧米には存在しない。『人間はだれもが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質をもっている。だから、人を育て、生かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識して、それぞれの人がもっているすぐれた素質が生きるような配慮をしていく』(松下幸之助:松下電器創業者〈現パナソニック〉)ということはありえない。欧米の「ジョブ型雇用」を理想的だと崇めるコメンテーターは、欧米企業の実態を知らなすぎる。もう少し勉強してから発言した方がいい。

    『日本では、大企業は従業員を親のような愛情をもって扱っている。会社は従業員に終身の雇用と安定を保証する。毎日の始業前に歌を合唱させ、体操をさせる。最も成績の良い若者を経営層の重要な地位につかせる前に、10年ぐらい、多様な経営者教育をほどこす。労使の間に協調の気風を醸成する。集団による意思決定を尊重し、分に応じた責任と報酬を与える。個人の勢力拡大は排斥される。こういったことに対して労働者は家族や国に対する同等の忠誠心をもって仕事にはげむ。・・・われわれとははなはだしく異なった日本人の生活様式は、何世紀にもわたって培われた文化に根差すものであり、日本の近代産業の経営はその根深い文化の上に、ほかにはありようのない発展の仕方で形成されたのである』(ハロルド・ジェニーン:ITT元CEO)

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