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vol-713:「ジョブ型人事」から「助け合いの文化」は生まれない

2020年8月23日
読了時間: 4分
  • 日本において、「ジョブ型(注)=職務給」は、何度も導入が試みられてきたが、その度に巧みに換骨奪胎されてきた。また、「ジョブ型」を導入することによって、本当に「労働生産性が高まる」というのであれば、とっくの昔に、日本企業においても「ジョブ型」が定着していたに違いない。しかし日本では、「メンバーシップ型」が企業風土に浸透し、「ジョブ型」は根付かなかった。それは、「日本で当たり前とされている働き方」が「ジョブ型」では困難という事実が背景にある。

    (注) 欧米における「ジョブ型」とは、仕事の内容を明確に定めて、定義に合致した人材を採用・配属・育成する人事制度のことをいう。「ジョブ型」の場合、JD(Job Description)に明記されている職務を遂行することによって、労働対価をもらうという原則になるので、JDに明記されていない業務は「させない方針」でマネジメントするか、「追加業務に関する追加賃金」を合意した上で業務を依頼する。このため、欧米企業の社内では、「This is not my business」「It’s not my fault」という言葉が頻繁に飛び交う。「職務」を明確に定めるということは、問題やミスが生じた際には特定の誰かに紐づけることを意味する。このため、欧米人は「職務」以外の仕事には原則として手を出さない。

  • 例えば、CoCo壱番屋を創業した宗次徳一は、『ココイチは中国に進出しているが、最初のころはやはり苦労した。みんな、「決められた範囲の仕事しかしません」という人ばかりで、フロアがいくら忙しそうにしていても、厨房のスタッフが手伝いに出てくるようなことは皆無だった』と証言しているように、「チームワークを前提にした業務」が難しいのだ。

  • 部品工場が火災トラブルに見舞われたので、緊急時の対応をするために、人員を至急補充する必要が発生した場合を想定してみよう。「メンバーシップ型」であれば、事故が起こった製造ラインに他の部署の人員を異動させることは何ら難しくない。しかし、「ジョブ型」の場合、就く職務や就労場所が異なるとスムーズな人事異動をさせることが難しい。その場合、新しいスタッフを採用するしか方法はなくなるが、短期間の人員を補充するために採用するというのは経営上生産的ではない。ただ、採用しないとビジネスチャンスを失う。「ジョブ型」雇用の場合、マネージャーは、このジレンマに常に悩まされることになる。

  • そもそも、日本人は、「周りの人が困っていたら助けるのは当たり前」という職場環境の中で育てられている。それが慣れ親しんだ慣習であり、日本人の美徳でもある。ところが「ジョブ型」では、その当たり前が通じない。例えば、スーパーなどでは、レジ打ちのほかに、棚に商品を補充する仕事がある。日本の職場では、レジが忙しくなったら、アナウンスが流れて、商品を補充していた人がレジをサポートするのは日常茶飯事。しかし、「ジョブ型」の欧米ではそういう情景はあまり見られない。というのは、レジの担当者と商品補充の担当者は、各々が別働部隊であり、それぞれの業務に集中することが当たり前だからだ。無論、専門の業務に特化するから、各スタッフの生産性は高まるかもしれないが、組織全体として見た場合の生産性や顧客の満足度は下がってしまう可能性がある。

  • 日本の職場では、「助け合いの文化」を前提に「チームで仕事をする」という企業風土が存在しており、日本人には、リーダーがいなくとも、示し合わせたようにお互いを助け合うという美点がある。そして、その「助け合いの文化」は、世界が讃美する対象でもある。しかし、「ジョブ型」を導入したら、チームワークが分断されるので、「助け合いの文化」が衰退してしまう可能性がある。自分の仕事以外で同僚を助けても評価されないのだから当然の帰結である。

  • 日本の職場では、各自がゴミ箱を空にするのが当たり前だが、米国の職場だと、社員が自分自身でゴミを捨てると怒られてしまう。清掃する人の仕事がなくなってしまうからだ。清掃員はゴミ捨ての対価として給与をもらっているので、社員が自分でゴミを捨てると、彼らの仕事がなくなる。「仕事で助け合う」という評価ではなく、「仕事を奪う」という解釈になるわけだ。「他人の仕事を手伝う」と怒られる環境下では、困っている人を助けられない。そういう職場環境において、仕事における「助け合いの文化」は生まれない。

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