vol-1113:高市早苗は「なりたい族」そのものである
私が、高市首相に関する期待値を下げたのは、彼女がホワイトハウスの晩餐会において、大好きな曲で歓待され、ガッツポーズをした写真を見たときだった。それまでは、高市推しのオジサンたちと同じように結構期待していたのだが、なかなか有効な外国人政策を打ち出さないのでモヤモヤしていた。しかし、この写真を見て、これまで感じていたモヤモヤが氷解した。
嬉しさを全身で表している。首相という公の立場すら忘れるくらい喜んでいる。
高市早苗という人は、本当に総理になりたかったのだ。米ホワイトハウスに御招待されるほどの大物になりたかったのだ。そのためには何でもした。媚びもした。総理になるためなら、手段なんて選ばない。主義も主張も哲学も関係ない。かつて、リベラルだったことも完全に忘れた。
人間は、大別して、「やりたい族」と「なりたい族」に峻別できる。何かがやりたいから、トップに上り詰めようとする人(やりたい族)と、トップになりたいから仕事を一生懸命する人(なりたい族)だ。
高市早苗のような「なりたい族」の人は、本当の意味でやりたいことがない。総理になってどうしても成し遂げたいことなどない。確固たるゆるぎない信念があるわけではないからだ。毎々毎回、「食料品に関する消費税減税は、私の悲願です」「外国人政策は、ゼロベースで見直します」などというビッグワードが飛び出すが、「悲願」とか「ゼロベース」いう言葉に相応する覚悟があるのかが、よくわからない。
保守がウケたから、保守のフリをした。外国人問題がウケそうだったから、奈良の鹿もネタにした。消費税減税を持ち出せば、衆院選における野党との争点がなくなるから、「悲願」と言い切った。移民増に不安を感じている人心の中で好感度を上げたかったから、「ゼロベースで見直す」と断言した。本当は全然興味ないけどね・・・。
だから、外国人政策は、掛け声が勇ましいだけで、実質的な中身が伴わない。だから、入管行政の現場になかなか変化は現れない。わかりやすく言うと、岸田元総理が女性になっただけだ。期待するだけ無駄なのかもしれない。



