vol-645:ウォークマンは技術ではなくライフスタイルを変えた
1979年に、ソニーが世界初の携帯音楽機器「ウォークマン」を市場に投入した当時、世界初の電気式蓄音機を販売(1930年)した米国のRCAは、「ウォークマン」をつくる技術を持っていた(ソニーの「ウォークマン」は、RCAの技術をライセンスして製造)。しかしRCAは、「携帯できる音楽再生機器」という発想に至らなかったし、その実現に向けて努力しなかった。「技術を持っていること」と「技術を使った製品を売ること」は、次元が異なる話なのである。
ちなみに、ロボット掃除機「ルンバ」を市場に投入したのは、米国のアイロボットだが、開発技術自体はパナソニックや日立製作所も持っていた。また、アップルの iPhone も、各構成要素の技術を日本企業が開発することは可能だった。
また、歴史的に有名な事例としては、Hyatt Roller Bearing Company がある。同社は、ベアリングの発明特許を持っていたが、有効な活用法を発見できずに没落。アルフレッド・スローンの父が、将来を見切った大株主の株を買い受けて、息子のアルフレッドに経営を任せたところ、当技術を自動車に転用して大成功。その後同社は、GM子会社となり、アルフレッドはGM社長に昇進して、GMを世界一の企業に変貌させた。
「技術革新」という点で見れば、ウォークマンに目新しさはない。再生メディアのカセットテープは広く普及していたし、小型軽量のカセット再生装置もあった。音質も格段良くない。録音もできない。スピーカーもない。技術的には敢えて退歩させた面もある。実際、ウォークマンに関する市場調査は結果が思わしくなく、「録音機能がないし、イヤホンが煩わしいと感じる人が多い」と考えられたため、マーケティング部門が反対し、販売が一時保留になったこともあった。
しかし、創業者である盛田昭夫が発した鶴の一声で発売が開始されるや否や、ウォークマンは、「音楽の楽しみ方」を変革し、世界的な大ヒットを巻き起こした。世界中で3.3億台以上を売り上げ、「個人用の携帯音楽プレーヤー」という新しい文化をもたらす。要するに、ウォークマンに「革新的な技術」はなかったが、「音楽をいつでも、どこでも自由に楽しみたい」という「革新的なライフスタイル」を提案することによって、人間本来の欲求(=人間の本性)を鷲掴みにしたわけだ。
従来は、スピーカーの前で音楽を楽しむのが「常識」だったが、ウォークマンは、音楽を聴く人々を物理的な制約から解放し、「音楽を聴きながら街を歩く」「ジョギングをしながら音楽を聴く」という新しい生活スタイルを可能にした。ソニー創業者の盛田昭夫は、市場調査に頼らず、「人々の生活を注意深く観察して彼らの望みを直観し、それに従って進め」と説いていたことで有名である。
ウォークマンは、まがうこと無き「イノベーション」である。ウォークマンが提供したのは、新しい「技術」ではなかった。ウォークマンが消費者に提供したのは、新しい「ライフスタイル」だったのである。



