vol-708:デジタル化や機械化を唱えても経営は改善されない
2020年8月8日
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「新日常」や「ニューノーマル」という言葉が飛び交っています。ビジネスにおいても、「アフターコロナは、ビフォアコロナと大きく異なる」などと講釈を垂れるコンサルタントが増えています。ある国立研究開発法人は、コロナ禍に求められるイノベーション像を仰々しい報告書にまとめて、デジタル変革を強く推奨し、外国人労働者に頼らずに、労働集約型から脱皮して、自動分別システムなどを導入することを求めました。
日本では、「経済危機に陥ると決まってデジタル化や機械化が推奨され、景気が回復すると忘れ去られる」というサイクルを何度も経験していますが、これも同じ運命でしょう。デジタル化にしても機械化にしても、マネジメントによる徹底的な効率化が推進されて、それでもなお届かない部分を明確化し、範囲を絞って標準化した上で導入されるからこそ効果が発揮されるもの。
外国人どころか日本人のマネジメントすら脆弱なのに、デジタル化や機械化を叫んでも業者の餌食になるだけです。政府のデジタル化の惨状がその証拠。求められる「ニューノーマル」は、マネジメント能力の劇的な向上なのです。



